


資料&フォト

宿命のライバルと言いましょうか、イタチごっこの様にスピットとは抜きつ抜かれつの性能争い
が、終戦まで続きました。
右の写真はモノクロになっておりますが、現存するG10の写真です。奥で尾部のみ見えてる
機体も現存するG2(ブラック6)です。
お! スピQ 泪橋の編隊か^^;;
CFSでは、FWに乗ってればさほど怖くはないのですが、
グスタフに乗ってる時のスピ9は要注意^^; つねに上空にいるスピ9を把握しておきましょう。
ブラック6は去年事故にてかなりの損傷があった様ですが、確か復旧作業中と思われます。
Bf109Eのロッテ編隊とスクランブル発進の109G

G14で自分なりに満足のいく結果に味をしめたFokkeは、次から次へと
作りたい機体が頭の中に浮かんできたのでした^^;
Bf109G-6 エーリッヒ・ハルトマン
(左)1944年8月24日、歴史的な300機撃墜を達成して基地に帰還したハルトマン。
コクピット横には、彼が率いるJG52第9中隊章カラヤ・ヘルツが描かれており、赤いハートの
中には恋人の愛称ウルセルが記入。キャノピーは視界向上させたエルラハウベ付き。
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今回の塗装機はその200機撃墜記念の乗機です。
Fw190A-7 ハインツ・ベーア
プリッツルの愛称で親しまれたベーア中佐は、西部、東部、北アフリカ、ドイツ本土
とあらゆる戦域で戦い、いずれにおいてもまんべんなくスコアを記録し、通算221機
というハイスコアをうちたてたビッグエースである。
1944年3月15日付けでU./JG1飛行隊司令官に就任し、本土防空任務に就いた。そして
4月22日ついに200機撃墜に到達した。
Fw190A-4 ジークフリート・シュネル
ヴムの愛称で呼ばれたシュネルの最後は、東部戦線のIV/JG54飛行隊司令官として
戦死してしまったが、前線勤務の大部分をフランスのJG2で過し、西部戦線だけで90機
撃墜を達成した同方面のビッグ・エースである。
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Bf109E4/N アドルフ・ガーランド
ドイツ空軍に興味のない人でも、ガーランドの名前を知ってる人は多い、それは
単なるエースというだけでなく、戦闘機総監に在籍しドイツ戦闘機隊全般の発展に
大きな貢献をした重要人物でもあるからだ。
1945年3月にエース達を集めたMe262の精鋭部隊JV44も編成した。
生涯戦績は出撃回数705回、撃墜数103機である。
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